母子別離

少年の身長を計っている写真

くりかえし言うコマーシャルふえゆきてトウシバ、ヒタチ、ナショナル、サンヨ

「赤福餅、赤福餅」と気を引きて得意満面寄り添いてくる

手を入れて水洗便器で遊ぶ癖叱ればコマーシャルおどおどという

母さんと云えしばかりの知恵の子を施設へやるは鬼の母とか

知恵おくれ施設も子どもの生きる場と言いつつわれは正座しいたり

一瞬はおどけし顔をつくりしもたちまち母の胸にて哭きぬ

人影にまゆを光らせ又臥せて母がくるを待ちいる姿

稲妻のすさみし夜は窓べりに寄りてかあさんと叫びておるかも

ひよどりの空烈き哭けり病みし子を施設におきて一筋にくれば

1989年角川「短歌」9月号掲載

節分の豆まきで豆をぶつけられている

宮川のダムの手前の停留所 その奥山にもマヒの児がいる

バス降りて4キロ奥に入りしとこマヒの子の家つり橋わたる

ふわふわとたたみは形にならざりし貧しき家にマヒの子どもよ

一と月に人一人程ありというこの山中にマヒの子はいる

清流のつり橋わたりふりむきて しゃくなげ咲くが唯一の楽しみという

山中にマヒの子のいる一家すみ しゃくなげ咲くを楽しみという

マヒの子の教育のため別居して子につくす母たえず嘆きて

見上ぐるゝ断崖の中色づきてシャクナゲの花ひそか花咲く

わが客に馳走せんと窓の下 船を浮かべてアユをモリで突く

二又に合流せし川の淀 水鏡待ちてタチマチに魚つく

子どもらと遊びし経験ないという訪問をしてはじめてわかる

山峡の家よりバスの通う道 転居するが夢と君は言う

電灯も新聞も来ない家ありと今ここにあり現実の事

マヒの子は盲腸手おくれ死しという山峡の家 今も思う

餅つき大会で枝に餅の飾り付けをしている

ブロックやマンホールの穴という穴 石利落しあそぶ子の笑みし顔

人さし指つかいて物をさし示しああとわかるまでさし示めす子

ゆっくりと単語の発語にタコと言うどのタコか絵をかき動作して聞く

口奥に笑をうかべてわざとやるいたずらごとしも知恵づきしこと

月曜も水曜もわからぬ幹夫が帰省日の朝になると玄関にいる

六歳の愛しき幹夫も十数年経る中でヒゲも生えしか

イカ、タコ、バナナ、リンゴ次々と単語増えていくわれの稚魚も

子供たちに言葉を教えている写真

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