羅漢の歌

1979年4月 稲葉養護学校にかわり義務制実施・施行初の小学部1年生を担任する。家庭からはじめて集団教育に加わったものが多く 排便、排尿指導に苦労する。

松葉杖の少女木彫写真

手の指に大便つきしは日ごとなり馴れしこの身は異常なリや

「糞くらえ」という言葉のいやしきに糞くらわせてわれは教師か

糞をせし糞をほしがり寄る子等の糞の壁の防波堤となる

握りしを椅子や床へと塗りあそぶその糞を食む子の間に傍つ

歯の間に糞のつきしを取りてやるひざに抱きし子のあたたかし

われが抱き君が歯の間をブラシする八重歯の奥の糞をとらんと

子のゆきし道をたどりて廊下から体育館へと糞ひろいおり

板の間にはさまりし糞を丹念にとりいる吾に浮かぶ雑念

なりわいを教師と呼ぶかなんと呼ぶひねもす糞の仕末している

馴れ馴れてわれにまつわる子どもらの光るがごときすぐなる眼よ

一年生担任してはしばらくは帰りても食せず眠りにつきぬ

おろおろと声ふるわせて校長はわが部屋に糞ありしと言う

立派なる糞の造形つみあげし子は無心に校長室であそぶ

机、椅子、床などに糞を塗りひろげ子はいきいきと左官のごとく

県庁の課長まで上りきし校長君は糞におびえる

辞令にて昇任しきたる校長はこの子どもらの行為がわからぬ

体面を汚つけられしごとくいう校長室に糞を塗られて

下半身裸の君が走りいてああやりやがったと糞をさがせり

障害の少年木彫写真
平和を現わす少女木彫写真

一瞬の匂いにわれらは敏感に子の尻のふくらみあたる

後ろから抱きてトイレに座りいる何分になるか根くらべつづく

糞中にさがせしボタンまじりいてひらおうかなととまどいている

「うんこたれ」言いつつ子らにうずまりて誰の手足かかたまり遊ぶ

第一に排尿便の確立、次は遊びと親にもいう

糞いばり身につかぬ子が多数いてたちまち教室は便所のかおり

かすかなるガス音とともに落下物子ははじめてトイレに落とす

大便器に排泄物の落つ音のここちよき音小おどりして聞く

生まれきてトイレに排便する成果あがりしを教師冥利とする

糞つぼをかきまぜるごとき異臭にもわれ等は馴れて食事をはじむ

排泄をはじめてトイレに遺りし子を抱きてわれは涙ぐみており

食堂の通路に糞がしてあるを知りつつわれは腹をみたしぬ

肛門部徐々にまるみて糞便の落つるを見るも仕事の一つ

白髪に三十余年つづけきし教師われ便所の子らの排便の守

時々は便所の四角き窓外の雨蛙にも話しかけるよ

足の指、中指、小指とうたいつつもみゆけば子は夢をみている

キャスターをつけし板車に子をのせて鵜匠のごとく子をばあやつる

こんなにも心の広き親となる障害児を強く育てれば

悲しみを胸き抱きてなえし子を育てし君も子も羅漢よ

障害児を持つ君や親に教えられまだまだわれらの仕事はつきぬ

この矛盾あまりに多し父母と教師と共に道をひらこう

悩み果てわれ等に語る生きざまが障害運動の連携を持つ

光に手を向ける少女木彫写真
祈りの子ども木彫写真

百五十人知恵うすき子が集まれば食堂もトイレもわからぬもいて

おしめあてはぐくみてきしこの子等に入学式の時はちかづく

リボンの子蝶ネクタイの子がおびえ母の膝にて入学式

盛装せし母親の胸去来すかうつむきて子を膝に抱きいる

新しきハンカチ出して失禁の子の仕末する若き同僚

教師一人増やしてくれればこの子等のてだてはありと会議は黙す

義務制といえども長き県内に障害別は二校しかない

うんこせしからだ洗いし子の蹠(かがと)掌に受けてあたためている

膝に抱きわらべ歌うたいゆさぶりぬわれが教師の日課となる

知恵おもき子等もやわけく優しかりつたわりくるる肌のぬくみよ

1988年角川「短歌」賞候補作、6月号に論評掲載

写真・・・村川 昇氏制作の木彫

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